イヤシロチ化アイテムの「炭」はこの人が焼いている!
炭焼き職人・原 伸介 物語(前編)

ロゴストロンツールの中のイヤシロチ化アイテム
「カグツチ」「コトタマテバコ」「大黒柱」。

その「物質的なイヤシロチ化」は、
主に内蔵されている「炭」が担っています。

これらのアイテムに入れる「炭」を焼いてくださっている、
原 伸介さんにお話をうかがいました。

※ロゴストンTVのこちら「炭焼きの現場を訪ねる」では、
原さんがまさに「炭焼き」をされている様子がご覧いただけます。



大好きな裏山に恩返しを

───よろしくお願いいたします。
「炭焼き職人」さんという方にお目にかかるのは初めてです。
七沢代表がご神事に使う炭として選ぶほど、
原さんのそれは、特別だと聞いています。

また、原さんが、「一生、炭を焼いていこう!」と
決められたきっかけにも、大変興味があります。


(炭焼き職人・原 伸介さん)

原さん:僕は、もともと「炭焼き」をしたかったというわけではないんです。
少し長くなりますが、この話の中で、
どこがひとつ欠けても今の自分も、この「炭」もないので、
ひと通りお話しさせていただきますね。

まず、生まれは神奈川県の横浜ですが、
3歳から18歳までの一番多感な時期を、横須賀で過ごしました。
今ではすっかり「街」になってしまった横須賀も、
僕が子どものころは、海も山もきれいで、自然がとても豊かでした。
実家の裏に里山があって、「うらやま(裏山)」と呼んでいたのですが、
僕にとってはこの裏山が、人生の原点です。

(※写真はイメージです)

物心ついたときからその裏山で毎日、
忍者ごっこをしたり、秘密基地をつくったり、
カブトムシやクワガタを捕ったりザリガニ釣りをしたりと遊んでいました。

野球やサッカーのチームにも入っていましたが、
自分としては、この裏山で遊んでいるときが一番楽しかった。
なぜなら、山は「ノールール」だからです。
もともと、決め事が苦手だし、そういうのに弱いんです(笑)。
なんか、つまらないんですよ。

山は自由じゃないですか。
もちろん、一歩踏み込めば、蛇や蜂が襲ってくるかもしれない。
そんな緊張感や危機感はあるんですが、
「この山の中にいる限りは大丈夫だ」っていう
母親の懐に抱かれているような安心感もあって。
そういう緊張感や安心感が、矛盾なく共存する居心地のよさがあった、
ということを覚えています。

毎日毎日、帰ってくるとランドセルを放り投げて、
裏山に遊びに行って、もう山が好きで好きで。

その僕に人生の転機が訪れたのが、14歳のときです。
一番多感な頃といわれるその歳に、
開発でその裏山が、真っ平らにつぶされたんです。

そのときのショックはいまだに消えていないし、
それを超えるショックは今後もないと思います。

僕はこう見えてキムタクと同い年で(笑)、
いわゆるベビーブーム世代なんですが、
この世代って、子どもの数がすごいんです。
僕が通ってた中学校も全校で1800人いて、
全国で2位のマンモス校でした。

それで、子どもの数があまりに増えたので、
中学校を増やそう、同時に高校と養護学校も作ろう、
ということになり、広大な面積の裏山が全部削られ、
潰されてしまったんです。

皮肉なことに、僕は中3の一学期から、
自分の分身のような裏山が潰されてできた学校に
通うことになりました。

───お気持ち、お察しします。

原さん:学校は近くなって、校舎も体育館も新しい、校庭も広い。
友達はみんな喜んでるのに、僕はまったく喜べませんでした。

グランドに立っても
「この場所にサワガニのいた小川が流れてたよな」とか、
「ザリガニ釣りの途中で釣り竿を選んだ笹薮は、
どこへ消えちゃったんだろう」とか、
そんなことばっかり考えていました。

あまりのショックに呆然としていましたが、
その後に猛烈な悔しさが湧き上がってきて、
その矛先が、自分に向いたんですよね。

小さい頃から母親のように遊ばせて、育ててくれた裏山が、
目の前で削られて潰されていくのに、
自分は何もできなかった。

中学生の自分にできることなんて
現実にはなかったと思うんですが、
そう割り切れるのは大人であって、
14歳の自分にはどうやっても割り切れなかったんです。

だからそのとき、自分に対して、
「これからの人生をどう生きていくのか」ということを、
強烈に問いかけたんですね。

「オトシマエ」をつけるために、
「いつか必ず、この山に恩返しをするんだ」、
そう決意したのが、その時でした。

14歳ですから、
具体的にどうすればそれができるのかは
分からなかったんですが・・・。

オレはマジで●●になる!

原さん:その翌年、地元の進学校に入学すると、
すぐに「進路希望調査用紙」というものが配られ、
希望大学と希望職業を書くように言われました。

高校に入ったばかりですから、
大学のことなんてわからないので、
まずは職業から考えてみることにしたんです。

「裏山への恩返し」がありますから、
山の役に立つ職業に…って考え始めたのですが、
横須賀では山で仕事をしている人を見たことがなくて、
「職業」と「山」が結びつかないんです。

それで考える方向、切り口を変えて、
「山で仕事をしている人は知らないけど、
山で生きている人って誰だ?」
って考えたら…ひらめいちゃったんですよ!

いるじゃん!!!

「仙人」だ!!! って。

(※イメージです)

───なるほど!

原さん:そう思ったらもう、ときめいちゃって!
満面の笑みで、希望職業のところに
「仙人」って書いて提出したんです。

───書いてしまわれたのですね(汗)! 

原さん:まさに、みんな、そのような反応でした。
クラスメイトからは、
「いやいや原クン、仙人は職業じゃないでしょ」
ってツッコまれて笑われるし、
担任の先生からは職員室に呼び出されて、
なんだこれは、お前ふざけてるのか、と。

こっちがいい気分でときめいてるのに、
この人はなんてことを言うのかと憤慨して、
ビシッと言い返しました。

「いや、ふざけてません。
先生、オレ、マジで仙人になりますから」

と、3年間、希望職業「仙人」を一切曲げずに貫きました。

それで3年生になって、
いよいよ進路を決める段階になって、
「仙人になるためには、どこへ行けばいいんだ?
少なくとも神奈川にはいないよな」
から、考えたわけです。

自分の中のイメージで「山国といえば信州」でしたから、
長野県に行けば仙人がいるかもしれないと。

そういうことで長野県に行く手段として、
進路を調べていたら、
信州大学の農学部に「森林科学科」っていうのを
見つけてしまったんです。

また、この時もときめきましたね。
もう瞬間的に、自分の中で
「信州 → 森林 → 仙人じゃん!」と、
一直線に繋がったんですが、
「森林」の下に「科学科」って書いてあるのが、
その時の僕の目には、まったく入らなかったんですね(笑)。

「信州だ、森林だ、仙人だ!」と、
意気揚々と入学して・・・

まあ、若気の至りというか思い込みの塊というか、
決して大学が悪かったわけではないんですが、
この期待は入学して間もなく、打ち砕かれました。

少なくとも、農学部で森林科なんだから、
山にどんどん入っていくと思うじゃないですか。
でも座学ばっかり、理屈ばっかりなんですよ。

「おいおい待ってくれよ。
窓の外には美しい日本アルプスの山々が見えてるぜ?
オレ、森林科だよね?」

もう心底がっかりしてしまって、
まったく大学に行かなくなりました。

そして、
「大切な青春時代をこの狭い大学の中で過ごしてたら、
自分はちっちゃい男になっちゃうんじゃないか」
と思ったんです。

「ちっちゃい男はごめんだぜ! でっかい男にならないと!
でっかい男になるには、でっかいところ行かないと! でっかいとこってどこだろう?
でっかいどう…北海道だ!」と。

(※イメージです)

───炭焼き職人への道、今のところちょっと心配なくらい、
大雑把に突き進んでいらっしゃいますね。


原さん:激しく単純なんです、難しく考えられない(笑)。

なんかわからないけど、
とにかく ”でっかいどう” を一周すれば、
でっかい男になって帰ってこれるんじゃないかと。

それで、バイクの免許だけは持ってましたから、
テントやら食料やら全部バイクの後ろに積み込んで、
20歳のとき、北海道へ渡ったわけです。

“でっかいどー”で、 “運命” の出会い

原さん:そこで劇的な出会いがあったんです。

たまたま草原みたいなところでアイヌのお祭りをやっていて、
休憩がてらバイクを停めてぼんやり見ていたら、
社会人っぽい感じのおにいさんが近づいてきて、
「となり、いいですか?」って。

「どうぞ」って言うと、「どこから来たんですか?」って。
「信州です」って答えると、その人も信州からだと。
お互い「奇遇ですね」って驚いて。

次に「学生さん?」って聞かれたので、
「はい、信州大学の森林科学科の3年生です」と答えると、
びっくりした顔して「僕、そこの卒業生ですよ」って言うんです。

有り得ないですよね、
あの広いでっかいどうで…直系の先輩ですよ!!!

でも、先輩だと分かった途端に思いが溢れちゃって、
溜まっていた大学に対する不満とか山に対する思いの丈を、
全部ぶつけちゃったんですよね。

「原くんの気持ちはよくわかる、
僕も学生の時はそう思ってた」って、
話を全部聞いてくれて、もう嬉しくて…。

で、自分の話ばっかりしちゃったんで、
「先輩はなんのお仕事されてるんですか?」と尋ねると、
急に背筋を伸ばして、自信にあふれた低めのいい声で

「きこり、やってます」って。


(※イメージです)

───き、きこりですか! 来ましたね、森のお仕事!!!

原さん:そうなんです。
やばいでしょ?「きこり」って!
現場の人に対する憧れもあったから、
その先輩がものすごくかっこよく見えちゃって。
なんたってこっちは「仙人」志望ですからね、
そういう言葉に滅法弱い(笑)。

その単語でスイッチ入っちゃって、
ますます興奮して、さらに思いをぶつけると、
先輩はゆっくりと話し始めました。

「原くんの言ってること、よくわかる。
大学の先生は確かに理屈ばかりで現場を知らない。
林業は確かに ”3K” で、そういう側面もある。
でもね、ほんとうの現場は違うんだよ。
ほんとうの現場にはね、
3Kをはるかに超える魅力があるんだ」って。

───「3K」というのは確か、現場仕事の大変さを表現する
「きつい、きたない、きけん」の「3つのK」でしたね?


原さん:はい、その通りです。
それは僕が初めて聞く、山についての「希望のある話」でした。

それまで聞いてきた大学の講義では
「国有林の抱える3兆円の赤字」だの「林業地の過疎化と高齢化」だの
暗い話ばかりで全く希望がなくて、気が滅入ってましたから、
先輩の話を聞いた瞬間、雲間から一筋の光がパーッと差した気がして。
初めて希望を感じたんです。

それで僕がますます興奮して、
山のことを話そうとしたら、止められたんですよ。

「原くんは、若いのにいろんなことよく考えてるね。
で、原くん自身は、このあと、どう生きてくの?」

って。

初対面で一時間そこそこ話しただけの人から
「どう生きてくの?」って聞かれることって
なかなかないですけど・・・

正直、「しまった」って思いました。

実は、毎日聞かされる暗い話題の講義の中で、「国有林の抱える3兆円の赤字」の話が決定的で。
「どんなに頑張ってもオレ一人で3兆円は返せねぇよ」
って絶望的な気持ちになって、
「もういいや」って思っちゃってたんですよね。

だけど凹んだまま小さい男で終わるのは、もっとイヤだから、
とにかくでっかい男になろうと思って”でっかいどう” へ来たわけで。

そこでストレートに「どう生きてくの」って聞かれて、
その自分を全部、見透かされた気がしたんです。

その時は、適当にバイトしながら
放浪しているのが楽しかったものですから、正直に
「ずっとこんな感じでもいいかなと思ってます」って答えたら、急に先輩の顔つきが厳しくなって
「それはもったいないよ」って。

「いいかい原君。
人生はね、眠ってる時間を除けば、仕事をしている時間が一番長いんだよ。
だから、仕事が楽しければ、人生は楽しくなる。
バイトしながらずっと放浪なんて、
大切な人生の無駄遣いにならなければいいなぁ…」

学生だったので、時間は無限にあるように思っていた。

でもはじめてその時、
「人生には限りがあるんだ」と教えられたんです。
その「人生の時間の割り振り」を考えたら、
確かに先輩の言うとおりなんですよね。

「仕事ってのは、
ただ食べるための稼ぎでもないし暇つぶしでもない、
人生そのものなんだ」
ということを教えてもらったんです。

これがその後の人生の中でも、
大きな指針のひとつになるわけですが・・・
「仕事は人生だ」ってのがガツンときて、
もう一度、自分の中で夢と、仕事と、人生と、
向き合ってみることにしました。

そうして深く向き合うほどに、
どうしても行き着いてしまうのが、
14歳のときに失ったあの裏山に恩返しをする決意なんですよね。

もう一人の自分がツッコミ入れてくるわけです、

「おい、お前、あのとき
『いつか必ず、この山に恩返しする』って誓ったよな? 
その落とし前、ついてんのか?」

その自分の声を聞いてハッとしました。

「オレ、なんの落とし前もつけてねぇ!
それどころか動き始めてさえ、いねぇじゃん。
だっせえ!かっこ悪りぃ!」って。

現場のことを何も知らないクセに、
たかだか大学でちょっと暗い話聞かされたくらいで、
それを鵜呑みにして夢も希望も投げ出してるって、
すんげぇかっこ悪いなって。
「ちっちゃい男」もイヤだけど、
「かっこ悪い男」は、もっとイヤだぜと。

「現場に出たい。現場を知りたい」と、強烈に思いました。


”男の意地”に着火!!!

その先輩とは連絡先を交換して別れたんですが、
信州に戻ったあと、先輩から連絡があって、
休みの日に山の現場に連れて行ってくれると。

軽トラの助手席に乗せてもらって、
移動中は何も話さずに現場に到着して。
到着しても先輩は何も言わずに、
荷台からチェーンソーを下ろして、
何の説明もなくエンジンかけて、
目の前のでっかい杉の木をいきなり、伐り始めたんですよ。

(※写真はイメージです)

チェーンソーなんて見るのも初めてで、
音もスゴイし、正直ビビったんですけど、
もっとビビったのは、
杉の大木が、ギギーッていいながら倒れてきたときです。

一瞬、シーンとなった後に、「ドシャーン!」って、
すごい音がして、目の前に、倒れた。

その、静寂と響きのギャップがすごくて、
白川的に言えば五魂が完璧に遊離して
度肝を抜かれたというか・・・
全然、違う世界に持っていかれました。

で、今、思い出しても憎たらしいんですが、
それまで一切話さなかった先輩が、
大木が倒れた後、ひと言、

「どう?」

って言ったんです。 

本当は腰を抜かすほどたまげていたけど、
若かったし、意地もプライドもあったので、
目いっぱい背伸びをして、平静を装って、
「なかなか、面白いですね」って、やっと言いました。

でも、猛烈に悔しかったんです。
その先輩が何を伝えたかったのか、心の声が聞こえた気がしたんですよ。

「キミは理屈は一人前だけど、木一本、伐れないじゃないか。
そこまで言うなら、やってみ?」って。

それをあえて言葉を一切省いて、「どう?」とだけ言った。

それが本当に悔しくて悔しくて、
「絶対こいつにだけは、山仕事を教わるもんか」
って思ったんです(笑)。

この人に教わったら、絶対、上下関係になるでしょう?
それがどうしてもイヤだった。
若造でしたけど、意地とプライドだけは“いっちょまえ” だったんですね。

別のところで一人前になって、いっぱしの山師になってから、
自分から連絡して、一対一の、
対等な「山の男」同士として話をしたいと思ったんです。
だからその後は一切、連絡を絶ったんです。

今考えると、その意地がなかったら、
その先の苦労は、絶対に乗り越えられなかったと思います。

先輩は圧倒的な姿を見せつけることで
若い僕の闘争心に火をつけてくれたんですね。

長くなってすみません。
でもこれらのすべてがピースとして
どれひとつ欠けても繋がらないんです。
この後、炭が出て来ますので・・・

───「男の世界」ですね。
きこりの先輩に、圧倒的な力の差を見せつけられた原さん。
これからどのようにして炭に出合っていくのか、とても楽しみです。
後編へ続きます。

後編はこちら

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