イヤシロチ化アイテムの「炭」はこの人が焼いている!
炭焼き職人・原 伸介 物語(後編)

ロゴストロンツールの中のイヤシロチ化アイテム
「カグツチ」「コトタマテバコ」「大黒柱」。

(コトタマテバコ乙姫(左)・龍宮(右))

これらに詰める「炭」を焼いてくださっている
炭焼き職人・原 伸介さんに、引き続きお話をうかがいます。

ついに、炭焼きの師匠に出会う!

───先輩に連絡を取るのをやめると決められて、
それからどうされたんですか?


原さん:さて、自分はどうしようと。
「山の師匠」を探さなきゃいけませんから。
大学はまったく行かずに卒業だけして、
就職活動もせず、出前のバイトをしながら、
師匠探しを続けていました。

そんなある日、バイト先で地元のローカル紙を開いたら、
見開き二面のぶちぬきで、

「山が好きだ!」

ってタイトルが書いてあって、

「なんすか!オレも山、好きなんスけど!」
って食いついて(笑)。

夢中で読んでいくと、
その記事の主役である「山仕事40年の大ベテラン」の
おじいさんの写真が載っていました。

直感的にビビッ!とくるものがあって、
即、新聞社に電話して連絡先を聞き出して、
翌日、会いにいきました。

そのおじいさんが、伊沢 衛(まもる)さん、
後の、自分の炭焼きの師匠です。

四賀村(現在は松本市に合併)という
美しい山村に住んでおられて、
穏やかで物腰柔らかく、
温くて、器の大きさを感じる人で・・・

話を聞いてもらっているうちにすっかり惚れ込んでしまって、
山仕事を教えてくださいと、頭を下げたんです。
22歳のときでした。

あとで知ったのですが、
ちょうどこのとき、伊沢さんや、村の幼馴染の皆さんが
70歳になる記念に何かやろうということで、
伊沢さんが40年前までやっていた炭焼きを、
炭窯作りから始めて、またやろうじゃないか、
ってことになっていたそうなんです。

このタイミングで訪ねたから、
それまで炭の「す」の字も知らなかった僕が、
一緒に炭を焼かせてもらうことになったわけです。

───「原さんのために炭を始めた」
というタイミングといっても過言ではない・・・


原さん:そうなんですよね(笑)。

こんなIT全盛の時代に炭焼きをしていると
「どうして?」って必ず聞かれるんですが、
いくつかある理由の中であえてひとつだけ挙げるなら、
「伊沢師匠がかっこよかったから」なんです。

かっこよかったし、美しかった。

子どもの頃からずっと、
日本人の美しさを生きざまで
示してくれるような大人を探していたんですが、
伊沢師匠は、まさにそういう方でした。
だから「この人だ!」ってときめいて。

「こういう男になりたい!」って、
強烈に思わせるものを、持っていらしたんですよね。

師匠は大正15年のお生まれで、
大東亜戦争で激戦地に赴かれたあと、
シベリアに3年間抑留され、
九死に一生を得て生還されました。

その世代の方の人生経験や哲学、
山に生まれ、山に生きて来た人の
体の使い方の美しさや無駄のなさ、
それらに直接触れて、
横須賀育ちの僕は価値観がひっくり返るほどの
衝撃と感動を覚えました。

何がかっこいいって、
鉈(なた)一つ持って山に入れば、
原料は全部現地調達で、なんでも作っちゃうんです。
ホームセンターなんかに行かなくても、
山にあるものだけで、小屋がひとつ建ってしまう。
「雨の匂いがする」と言えば雨が降ってくるし、
「塩さえあれば山で生きていける」と言い切るし。

僕は師匠に、ずっと求めてきた
「生き方の美しさ」を見たんですよね。

このご時世に炭を焼いてると、
とかく「エコですね」とか言われがちですけど、
地球環境とか、そんなでかい話じゃないというか、
そんな小さい話じゃないというか。

自分の中では、地球の話の方が「小さい」んです。
正直、地球のことなんてわからない。

でも「自分が遊んだ裏山だけは自分で守りたかった」。
それが本音で、それが僕の宇宙なんです。
宇宙以上に、本当の宇宙なんですよ。

───なんだか、すごく伝わるものがあります。

原さん:だけど、その時の自分には何にもないわけです。
仙人になると決めて山国・信州に飛び込んだものの、
大学には失望してほとんど行かずに卒業しただけ、
木こりの先輩に見せつけられた通り、
理屈は言えても木、一本伐れない・・・

そんな情けない思いを抱えていた自分が、
伊沢師匠に出逢ったことで救われたんです。
「絶対、こういう男になるんだ」って、
強烈に憧れさせてくれたから、
無我夢中で背中を追いかけて修行できたんですよね。

修行といっても炭焼きでは飯が食えませんから、
それ以外の時間は全部バイトです。
寝る時間もない、という生活を一年やってみて、
「この形は続かない。やめるか独立するか、どちらかだ」
と思いました。

でも、どちらかだ、と言いながら
自分の中には「やめる」という選択肢がない。
やめたら「伊沢 衛になれない」ですから。

それなら、独立しかない。
「やろう」と決めました。
どれだけ貧乏してもいいから、
全部、自分で引き受けようと思ったんです。

意を決して伊沢師匠にそれを伝えると、即、反対されました。
せっかく大学まで出してもらって炭焼きなんて、
苦労ばかりだし、金にもならんぞって…親心ですね。

なので、次は冷静に戦略を練りまして(笑)。
反論の余地を残さないよう、
山探しから全部、独りで準備して土台を固めてから、
もう一度、話したんです。

「独立って言ったって、軽トラがないと…」
「中古で買いました」

「山がないと…」
「山主と話ついてます」

さすがに、師匠もあきらめて。
独立させていただくことになりました。

技術は本当に何にもなかったので、
炭窯を作るところは師匠に一緒にやってもらって、
そこからは全部一人で。

炭焼きは、「ご神事」


───そこまでして「炭焼き」を選んだ理由には、
もちろん「炭」そのものにも魅力があったわけですよね。


原さん:そうですね。
ここからが特に、皆さんにお伝えしたいところなんですが・・・

炭焼きの一番のクライマックスは、
1000℃を超える炭窯から炭を出す「窯出し」です。

窯に炭の原料となる原木を入れ、
口元で火を焚くと中の温度が徐々に上がっていきます。

最初は煙道口(煙の出口)から水蒸気が出て、
徐々に燃焼性のガス(炎になる成分)に変わり、
それが抜け切ると炭になるんですが、
最終段階の「消し方の違い」で、
炭は「黒炭」と「白炭」の2種類に分かれます。

炭になった段階で炭窯を密閉し、
酸素を遮断して消火するのが「黒炭」です。
お茶炭や、みなさんが使うバーベキュー用の炭もこの黒炭で、
柔らかくて、火付きがいいですよね。

僕が焼いているのは「白炭」です。

叩くと金属音がするほど硬い炭で、「備長炭」が有名ですが、
僕の炭は「信濃白炭(しなのしろずみ)」と言います。
自分で名付けたので、日本唯一の炭です(笑)。

窯の中で原木がほぼ炭化した段階で、
もう一度空気を入れて炭を赤熱させ、
窯の温度が最高潮に達するまで上げながらガスを抜ききり、
黄金の灼熱状態の炭を窯の外に出して、消すんです。

(炎と向き合う原さん)

(焼きあがった「信濃白炭」)

───すると、どうなるんですか?

原さん:炭の硬さと窯の中の温度は、ほぼ比例します。
なので窯の中の温度を最高に上げてから炭を出すと、
硬い炭が焼けるんですね。

硬い炭は、火の「付き」は悪いんですが「持ち」がすごくいい。
じわじわ、いつまでも燃えてくれます。
ガスがほぼ完全に抜けているので、煙も炎も上がらない。
だから調理に使うと、素材の味を最大限に引き出すわけです。

炭焼きの技術は、日本が間違いなく世界一です。
しかし僕が独立した当時は、
海外から怒涛の勢いで入ってきた安い炭の影響で、
日本の職人さんたちが次々にやめていきました。

───原さんは、やめなかったわけですね。

原さん:値段がどうとか売れる売れないとか、
そういう次元の話じゃない、と思っていました。

修行時代、初めての窯出しで、
金色に輝く炭が一本一本取り出されていくのを見て、

「これは日本から絶対に無くしちゃいけない、“国宝”だ」

と、直観したからです。


(右下にあるのが取り出された炭。本当に黄金色!)

日本の技術が世界一なんですから、
この「国宝」はそのまま、「世界宝」「地球宝」でもあるわけです。
これをなんとしても残さなければいけない、と思いました。

自分は炭焼きを、いわゆる「職業」だと思ったことは、
これまで一度もないんです。

「自分が」炭を焼いているというよりも、
うまく言葉にできませんが、
山の神様の恵みである原木を、
窯の神様と火の神様の力をお借りして、
炭にする「お手伝い」させていただいている、というか・・・

自分にとって、炭焼きは「ご神事」なんです。

───もしかしてそれが、原さんが学生時代に目指した
「仙人」の姿だったのでしょうか。


原さん:そうなんです。
15歳のときに「仙人」ってひらめいた瞬間、
どうしてあんなにときめいて、
進路調査票に満面の笑みで「仙人」って書けたのかというと、
そこに自分の原点があったからなんですね。

人間社会というかシャバというか、
この世界でうまく生きて行くことには興味がなくて、
そうではないところに、別次元の喜びがあるんだ、
というのは、生まれつきなのか前世からなのか(笑)、
とにかく子どもの頃から感じていたんですよね。

まあそういう生き方をしてきたので、
周りからは「仙人」というより「変人」扱い(笑)。
でも10年続けた辺りから、周囲の目も変わってきて、
20年を超えた頃には、
自分でも「あ、マジで現代の仙人かも」って
思うようになってきましたね(笑)。


(現代の仙人・原さん)

今年で23年目になりますが、
おかげさまで、netenさんともご縁をいただいて、
稀勢の里の横綱の太刀をつくるときの炭にも抜擢いただいて。

相撲はご神事ですし、国技は国の宝ですし・・・

「炭焼きはご神事であり、国宝である」

と言い続けてきて、
ああ、やっぱり言っていた通りになるんだ、
言霊は実現するんだって、実感しています。

無限の歓びとつながる 在り方で

原さん:でも実は、こちらとのご縁は、
もう7、8年も前からあったんです。
震災直後に福島に通っていたときに、随分お世話になりました。
当時は、炭の商品を作っているのに、
どうして自分の炭を使ってくれないんだろう、
という気持ちも、正直、ありました。

でも、今になって思うと、
あのときじゃなかった、というのがわかります。
実は、つい数年前まで、
炭を焼くことがつらくて仕方なかったのです。

どれだけ尊いご神事だと思っても、
たった一人で山の中に入り、
壁みたいな斜面を登って木を伐り出して、
運んで、割って、灼熱の窯と格闘しながら、
徹夜で窯出しして・・・

精神的・肉体的・経済的「三重苦」の中、
炭焼きを続けるのは、根性なしの自分にとっては
本当に大変なことでした。

師も弟子もいない中、
自分を支えるのが自分しかいない状態で、
炭焼きだけでもいっぱいいっぱいなのに、
本の執筆や講演依頼も重なって多忙を極め、
10年ほど前ですが、心身のバランスを崩して
何もできなくなりました。

炭焼きで山に入るのは
だいたい11月から6月にかけてなんですが、
秋になっても冬になっても山に行けないまま引きこもって、
何もできないまま、とうとう、春になってしまった。

「ああ、もう炭は焼けないのかな」

と思っていた5月半ばのある朝、目が覚めた瞬間、

「炭、焼きてぇぇ〜〜!!!」

って、猛烈に湧き上がってきて。

しかし、炭焼き「職人」としての自分が
即座にツッコミを入れてきました。
「お前、今、何月か分かってんのか?」って。

いい炭を焼くためには、冬伐りの伐りたての木を使うとか、
窯は冷めてちゃいけないとか、
揃えなければいけない条件が10も20もあって、
それまでの経験と感覚で掴んできたわけですが、

5月に「焼きたい!」と思ったって、
窯は冷めてるし伐った木は乾いてるし、
「条件的には最悪」なわけです。
理論的にも経験的にも200%、いい炭は焼けっこない。

でも、自分の魂は「焼きてぇんだ!」って叫んでる。

で、どうしたか。

理屈も経験も放り出して、山に行きました。
それまで職人として大切に守ってきたことを全部、手放したんですね。

で、窯に向き合ってみたら、焼きたくて仕方ないから、
木を運んでも楽しい、火を焚いても楽しい、煙を見ていても楽しい、
何をやっても楽しくて仕方ないわけですよ。

その時、それまでの自分は、
炭を焼きたいと思って焼いたことが
一度もなかったんだと気づきました。

楽しい、嬉しいって作業して、
ようやく窯出しまできて、焼きあがった炭を出してみると、
本当に、嘘みたいな話ですけど・・・

───・・・最高の出来でしたか。

原さん:そう。「今までで、一番いい炭」でした。
「次元の違う炭」が、出ちゃったんです。

半分は「やっぱりな」って思いましたし、
半分は「ちくしょう」って思いました(笑)。

「やっぱりな」っていうのは、

「お前がどんだけがんばってるか知らんが、
苦しい思いで焼いた炭が、人を幸せにするか?」

っていう、自分の中の魂の声を聞いていたから。

でもそれに対して、職人としての自分の声は、
「だったらどうすりゃいいんだよ!」って。

炭焼きに関しては理論派でしたから、
煙の温度変化や、その時々の匂い・色・触感など、
五感で感じられるものの変化を細かくメモして、
「オレより努力している炭焼きはいない」
って言い切れるくらい、頑張っていました。

努力する以外の方法を知らなかったし、
努力を信じたい自分もいて。

その葛藤の中で15年以上、戦っていたんですね。
でも最後に心が折れて、半年間引きこもった。
でもその「焼けない時間」があったからこそ、
初めて心の底から「焼きたい」と思えた。

そして「喜びに満たされて焼いた炭」が、
「100%条件を整えて焼いた炭」を、軽く超えてしまったんです。

山の神様から「ほらな?」って 言われた気がしました(笑)。

───素晴らしい体験をなさったのですね。
でも、そこにたどり着くためには、
やっぱり基礎も技術もしっかり身につけられて、
限界まで追い込んだ15年が必要だったわけですよね。


原さん:確かに、省くことのできない15年でしたね。
「守破離」で言うところの「守」の時期だったと思います。

基礎も技術ももちろん体に叩き込みましたが、
精神的にも限界を超えて、心が折れるまでやったからこそ、
「努力を手放す」ことができたというか、
手放さざるを得なかったわけですよね。

努力したから掴めるもの、努力の先にある幸せも、
もちろんあるのだけど、「努力という名の自力」を手放した先の、

「幸せなまま幸せ」「今、既に幸せ」っていう
「無限の歓びと直接つながる在り方」も、ある。

その景色を見ることができている今は、とても幸せです。

この経験を経て今、感じていることは、
炭には、焼く人の意識がそのまま入るというか、
焼く人の意識に共鳴して焼き上がる、
そういう性質があるのではないか、ということです。

苦しい思いで焼いた炭は苦しみを、
歓びに満ちて焼いた炭は歓びを、
それぞれ、焼いた人の意識と同じものを出すような気がします。

だから何より、窯に、炭に向き合う自分が
歓びに満たされていることが、大事なんじゃないかと思うんです。

これから先、どんなときも歓びに満たされて、
「炭焼き、楽しいんスよ」って言えるように、
自分で自分をご機嫌にし続けることが、
優先順位の最上位になりました。

5年ほど前にそのことが分かりかけてからは、
ある意味、それを実証するべくやってきましたが、
今は確信に変わり、最近はそれも超えて、
「透明になっていきたい」と思い始めています。

───七沢代表が「日本一の炭だ」というのは、
そのあたりのことなのかもしれません。


原さん:技術的には日本一だとは思いませんが、
「日本一、喜びに満ちて炭を焼いている職人」であるとは思っています。

だからこそ、白川学館のご神事や横綱の太刀づくり、
ロゴストロンツールにも使っていただけるようになった・・・
と、思いたいなと(笑)。


「白炭」は 人間の意識を宇宙と結ぶ

───原さんの「次元の違う炭」が入ったイヤシロチ化アイテムたちで、
日本の国土がますます輝く、というイメージができます。


原さん:本当に、嬉しいです。
とくに「カグツチ」は、この炭焼き山から
日本中の大地を鎮めるべく遣わされるように感じて。

これを土中に埋める行為は

「大地の神様への奉納」

なのだ、と直観しました。


(大地に奉納される「カグツチ」)

「山の神さまからの授かりものを、
火の神様・窯の神様の力をお借りして
炭にして大地の神様に奉納していくこと」が
自分のお役目のひとつだということが分かりました。

そして、昔の自分だったら
「信濃白炭が日本中に届く」と聞いたら、
「ますます頑張ります!」って、
気合いの入った恐い顔になってたと思うので、
やっぱり今でよかったなと(笑)。

今、思い出したんですが、20代半ばの頃、
炭焼き修行で全国を回った時、不思議だったのが、
「名人」と呼ばれる人ほど、力が抜けていたことでした。
余裕があって、どこか楽しげで、全然、鬼気迫らない(笑)。

自分もまだ20年ちょっとですが、
職人やらせてもらってきて分かったのが、
いい仕事ができるときって、「気合いを入れたとき」でも「全力でやったとき」でもなく、
「集中しながら適度に力が抜けているとき」なんです。
「適度に」が難しいんですが(笑)。

自力ではない何か大きな力とひとつになって、
時を忘れる心地よさの中で、自律的に事が進んでいく。

深夜の窯出しの時、
炭を出している自分と出されている炭の境界線が
なくなるときがあります。

もっと大きく言うと、
頭上に広がる満天の星空も静寂に包まれた夜の炭焼き山も、
境界線が消えてぜんぶがひとつになって・・・

窯出しの前後って約30時間、
窯の灼熱を受けながら動き続けるんですが、
「ひとつになっている」ときって、ほとんど疲れないんですよ。

───先程おっしゃっていた「透明」の感じですね。
その状態で作ってくださっているなら、
「歓び」をつくる炭を超えて、
もはや「空」をつくる炭、になっているのではないでしょうか。
すごい価値を入れてくださっていますね。


原さん:炭に関わり始めてからずっと、
炭の本当の価値、「真価」とは何か、
ということを考え続けてきたんですが、
最近、気づいたことのひとつに

「白炭は五行を統合した存在」である

というのがあります。

───「陰陽五行」の「木火土金水」ですか?

原さん:そうです。
「木」は、山の神さまからの授かりもの。それを
「土」で作った炭窯に入れて、
「火」の神さまの力をお借りして炭に焼き上げ、
「金」金属である鉄でできた
   「エブリ」という道具で窯から引き出し、
「水」で湿らせた灰をかけて一気に消火する。

これが「白炭」づくりの工程です。

つまり、「木火土金水」の五行の総和によって
生み出されるのが白炭である、と。

一方で、同じ炭でも「黒炭」は
金属製のエブリと湿らせた灰は使いませんから、
木・火・土の三行です。

そう捉えると、この『信濃白炭』の中に
宇宙を構成するすべてが統合されている。
ゆえにこれは

「人間の意識を宇宙と結ぶものだ」

と、言えるのではないかと。

───人類の意識進化を促すロゴストロン、
そのイヤシロチアイテムに、原さんの炭は不可欠ですね。


原さん:ありがとうございます。

実は自分には、炭焼きという生き方を通じて
やっていきたいことがあるんです。

ご神事、ということに話が戻りますが、
日本人の中にはもともと、
朝、お日様が昇れば手を合わせて拝み、
日々の食事には手を合わせて「いただきます」と感謝する。
自然が神で、全てに生かされていて・・・
そういう八百万の神々への感謝と畏敬の念が、
自然に、当たり前にありましたよね。

こうした日本人の信仰心の類は、明治維新と敗戦を通じて、
かなり意図的に抹消されてしまったわけですが、
僕は炭焼きという生き方を通じて自然と直接触れ合うことで、
それをもう一度、まず自分の中に取り戻し、
ひいては日本人すべての中に取り戻したい、と思っているんです。

まったくないものを新たに作るのは大変ですが、
自然界八百万の神々に対する感謝と畏敬の念は、
僕ら日本人の中にもともとあるものだから、
ただ「思い出せばいい」だけのことだと思うんです。

「日本人の生活そのものを、再びご神事にする」。

これが、炭焼きを通じて行なっていく、
自分の使命だと思っています。

そして、それはそのまま、
14歳の時に失った裏山へのご恩返しにつながっていくと信じています。

───八百万の神への信仰心が戻れば、
神聖な山をむやみやたらに削り崩す、ということはできなくなりますね。


原さんの炭が入ったロゴストロン・イヤシロチ化アイテムは、
届いた「場」をイヤシロチ化するだけでなく、
ロゴストロン信号とともに私たち日本人の「意識」を空へと導き、
さらにはすべてのものに再び神を見出せるよう、
はたらきかけてくれる気がします。

今後も、どうぞご活躍ください。
原さん、どうもありがとうございました。

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