日本地ビールの歴史を開いた岩本伸久氏の物語

サンフランシスコで出会ったエールビールに、
日本のビールにはない華やかな味わいを感じ、
「こんな美味しいものを知らなかったなんて、これまでの人生、損をしていた!」
と本気で思われたほどに惚れ込まれ、
「日本で造ることができないなら、アメリカで造って日本で売ろう」と
サンフランシスコでビール醸造をスタート。

現地の直営パブのほか、日本の飲食店でも販売を始められました。

岩本さんが造るエールビールは、アメリカで着々と評価を上げ、
TIMEやNEWSWEEKなどのアメリカメディアは
日本の産業規制の象徴として皮肉たっぷりに、こう取り上げました。

「岩本のビール造りの夢は叶った。ただしそれは日本でではなく、アメリカで」。

その記事が日本のメディアにも火をつけたことがきっかけとなり、
1994年、2000キロリットルに設定されていたビールの最低製造数量が、
60キロリットルに緩和されます。

これが日本における地ビール解禁。

1997年には厚木にビール工場が建設されました。
日本の地ビールの歴史は、
まさに岩本さんによって開かれたのです。

その後2002年、岩本さんがお一人で立ち上げられたのが、
サンクトガーレン有限会社。

持ち前のアイデアと洗練された醸造技術によって、
「チョコレートスタウト」や「スイーツビール」など
ヒット商品を次々と生み出し、
数々の受賞を重ね、国内外に評価されながら、
着実にファンを増やしていらっしゃいます。


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